本屋大賞受賞作品をレビュー!すべての世代に読んでほしい。かがみの孤城|辻村深月

2018年4月19日

かがみの孤城|辻村深月
かがみの孤城|辻村深月|2018年本屋大賞受賞
学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた―― なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。 生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。一気読み必至の著者最高傑作。

 

本屋大賞受賞作品は名作揃い

本題に入る前に「本屋大賞」について、少し話したいと思う。毎年4月に発表される本屋大賞。過去の受賞作品には『羊と鋼の森(宮下奈都)』や『鹿の王(上橋菜穂子)』、『海賊とよばれた男(百田尚樹)』、『舟を編む(三浦しをん)』など映画化もされた名著が並び、2018年は辻村深月さんの「かがみの孤城」が選ばれました。
僕は小説よりも歴史・ビジネス関連書籍を読むことが多いのですが、本屋大賞だけは毎年チェックして、数冊購入しています。
GraspMindでもこれからや過去の本屋大賞、大賞以外の受賞作品をたくさん紹介していくと思います。小説好きならチェックしている方も多いでしょうが、「あまり小説を読まない」「小説は大量にありすぎて選べない」という方はぜひチェックしてみてください。

本屋大賞には「全国書店員が選んだ いちばん! 売りたい本」というキャッチコピー、「売り場からベストセラーをつくる!」というコンセプトがついています。

本屋さんは間違いなく本のプロ。毎日数十~数百冊も出版される本を、限られたスペースに置くわけですから、審美眼は出版社や雑誌の編集者と比べても圧倒的でしょう。

今回は小説レビューの一冊目なので、作品の選定について触れてみました。
大賞以外の受賞作品もほんとうに素晴らしいものが多いです。GraspMindでもどんどん紹介していきますが、自分で本を選ぶ際にはぜひ参考にしてみてください。

こんな人に読んでほしい

本書を読んでみても、この記事を読んでみても、最初は子供向けのファンタジーだと感じるかもしれない。

確かに、子供向けのファンタジーです。どこかで読んだことがあるようなべたな設定で進んでいき、なんとなくオチも読めた気になります。
主人公が中学生の小説というと、その年代の子供か、その年代の子供がいる親世代が読むものがほとんどです。

でも、この本は子供とか大人とか関係なく、いろんな人に読んでほしい。だって、誰にだって「子供のころ」はあって、今日まで生き続けて「大人になった」から。もしくはこれから生き続けて「大人になる」から。

「学校に行けない」

本書の主人公は「こころ」。学校に行けなくなってしまった中学1年生の女の子。
(「学校に行けなくなってしまった」と書いてしまいましたが、最後まで読んだとき「なってしまった」とは言わなくなります。単に「行かなくなった」とだけ)

学校に行こうとすると”おなかが痛くなる”。よくある理由すぎて、こころの母親もちゃんとは理解してくれない。

「昨日までは平気だったんでしょ? (略) どうするの、行かないの?」

そうじゃない。行かないんじゃなくて”行けない”

こころが行こうとしていたのは中学校ではなく、いわゆる「フリースクール」と呼ばれるもので、普通の学校に通えなくなった(ストレートに言うと「登校拒否」)子供が通う場所。

”あの出来事”で行けなくなった「合併で大きくなり溶け込めない子もいる中学校」ではなく、同じような子供たちがいる少数のフリースクール。それでもいけない。
理解してくれない両親、中学校の担任である井田先生、毎日連絡物をポストに入れていくクラスメイトの東条萌、そして、フリースクール「心の教室」の喜多嶋先生。最初の数ページで、それぞれの登場人物との微妙な距離感が描かれています。
学校に行かない分勉強するわけでもないし、ゲーム機はお父さんに取り上げられた。ただテレビを眺め、ポストに連絡物を入れる東条さんをカーテンの隙間からこっそり見る。そんな毎日。

やけに光が顔に当たる。テレビを消してしまおうか?
しかし、テレビはついていない。その日、こころの顔を照らしていたのは、部屋にある「鏡」の光だった。

まばゆく光る鏡に手を伸ばす。そこに鏡の感触はなく、水を押したような感覚で手が沈む。
次の瞬間、引力に引き込まれるようにこころは鏡の中に落ちていった。

7人の中学生と鏡の中の城

鏡の中にいたのはオオカミのお面をつけてお人形のようなドレスを着た小学生くらいの女の子。西洋の童話で見るようなお城。そして、こころと同じ年代の7人の子供。
オオカミのお面をつけた「オオカミさま」はいう。

「この城の奥には、誰も入れない、〝願いの部屋〟がある。入れるのは一人だけ。願いが叶うのは一人だけだ、赤ずきんちゃん」
「お前たちには今日から三月まで、この城の中で〝願いの部屋〟に入る鍵探しをしてもらう。見つけたヤツ一人だけが、扉を開けて願いを叶える権利がある。つまりは、〝願いの鍵〟探しだ。──理解したか?」

最初に説明されたルールは5つ。
・鍵を見つければどんな願いもかなう。魔法を使いたいでも、ゲームの世界に入りたいでも
・鏡の中の城が開くのは3月30日まで(1年弱)。その日を超えると鍵は消滅し城にも来れない
・誰かが鍵を見つけて願いの部屋が開かれたらその日をもって城は閉じる
・城が開くのは日本時間の朝九時から夕方5時まで。その間なら鏡を通っていつでも城に来ることができる
・5時を超えたら家を変えること。もしも破ったらペナルティ「狼に食べられる」
・ここに集まった7人以外は鏡を通って城には入れない。誰かと一緒にいるときに鏡を通ることはできない
・そして、誰かが願いをかなえた後、城での記憶はすべて消える(これは後で明らかになった)
ここから、7人の中学生の”鍵探し”が始まる。


禅之助さんが書いた7人の絵を見ると、それぞれの個性がすごく出ています。
たぶん、読み始めるとすぐにどれが誰なのかわかるとおもいます。

7人の登場人物は
スバル
アキ
こころ
リオン
マサムネ
フウカ
ウレシノ

みんな、中学生くらいということを除いては共通点がなさそう。ゲームをいじっているマサムネ。少し不良っぽいアキ、ハッとさせらせるほど美形のリオン。でもこころは気づく。

「みんな、学校に行っていない」

友達、仲間、家族。学校、スクール、城

この物語はこの7人が”現実世界”と”かがみの城”を行ったり来たりして、「願いの鍵」探しが始まります。
と、思いきや全然鍵探しに精を出しません。城には個人の部屋がありますが、その中にこもって出てこない人もいれば、広間でゲームばかりしている人もいる。
こころは初日から2か月くらい一度も城に行かなかった。なんとなく1日行かなかったら、なんとなく行きづらくなってずるずると行かなくなってしまう。学校と同じように。

この時点ではだれも自分のことを詳しく語っていない。共通してわかっているのは苗字と学年だけ。
どこに住んでいるのか、どの学校に行っているのか。もちろん”なぜ学校に行っていないのか”はわかりません。

それでもわかってくることはたくさんある。

マサムネはゲームが好きで、知り合いにゲーム開発者がいて、最新のゲームを持っている。両親は公立の義務教育に否定的で学校に行かないことに寛容だ。
アキは姉御肌でつい”先輩”と呼んでしまう。気さくで面倒見がよくて、あこがれる。でも、学校のことは話したがらない。
ウレシノはとことん惚れっぽい。恋愛至上主義だ。アキのことを好きになって、気が付いたらこころのことが好きになって、ちょっとしたきっかけでフウカのことを好きになる。
リオンはいつも夕方になったらやってくる。ジャージ姿で、スポーツクラブにでも所属しているのだろうか。
フウカは少し苦手だ。言葉数が少なく、いつも一人でいて、たまに出す言葉が刺さる。
スバルはなんとなく個性がない。普通に友達を作って、普通にゲームをして遊んでいる。ある意味、学校に行っていないことが一番不思議だ。

そんな中、こころはアキとフウカに告白する。両親にも言っていなかった、学校に行けなくなった”あの出来事”を。

「偉い。よく、耐えた」

こういって頭を撫でてくれるアキと、何も言わずにハンカチを差し出すフウカ。
確かにここにいるみんなは”仲間”なのだろう。

こころの行動を不審に思う母親。言わなくてもいいことを言ってしまう母親。そして、想いを伝えられないこころ。
現実世界である家や学校ではなく、かがみの中の城に居場所ができてしまう。きっとみんなもそうなのだろう。だから、当初の”鍵探し”そっちのけで、特に目的もなく毎日集まっている。

明らかになる7人の共通項

7人の中学生が鏡の中にある不思議な城に集められた。そして、7人は学校に行っていない。
そうなると疑問に思うことが「どうしてこの7人なのか」と「なぜ学校に行っていないのか」だ。
しかし、7人はその2つの疑問になかなか踏み込まない。

張り巡らされた伏線が、手繰り寄せられるきっかけは何だっただろう。
たぶん、アキが制服姿で城にやってきた時だ。

全員がその姿を見て絶句した。
学校について聞かれることをいっそう嫌っていたアキが制服を着ていたからではない(制服はおばあちゃんのお葬式だったから来ていた)。
その制服が、マサムネやフウカやスバルが、そしてこころが通う「雪科第五中」のものだったからだ。

つまり、7人は全員同じ中学に通っていた。
こころとリオン、ウレシノが1年生。フウカとマサムネが2年生。スバルとアキが3年生。
そんなことがあるのだろうか。不思議な空間に集められた中学生が、全員同じ学校だなんて。同じ学校という共通項で集められたとしても、一つの中学に7人も投稿拒否の子供がいるだなんて。
聞きたいことはたくさんある。マサムネが”オオカミさま”を読んだ。

どうして黙っていたのかと問いただすマサムネに対し、オオカミさまは静かにいう。

「私が何か言わなければ、わからないほうがどうかしているだろう?赤ずきんちゃんたちが一言、お互いに話始めればよかっただけ。そうすれば、ああ、自分たちは同じ学校なんだってわかったはずだ。お前たちは時間がかかりすぎだな」

同じ学校に行っているなら、助け合えるかもしれない

同じ学校に通っていることが分かった後、マサムネがみんなにお願いをする。

「学校に、来てくれない? 一日。本当に、一日、だけでいいから」
「三学期から、オレ、親に、違う学校に行くことを考えろって、言われてて」
「最初の一日だけ。一日だけでいいんだ。その一日だけ言ったら、また理由をつけて休む。一日だけでも行けるなら、その間、親父たちは、ひとまず冬休みの間に転入の手続きをするの、やめるだろ?」
「ちょっと前から思ってたんだよ。なんで、オレたちがみんな、雪科第五中学から呼ばれているのか。それには、何か意味があるんじゃないかって。”オオカミさま”が意図してるかどうかはわかんないけど、少なくとも、オレたち、助け合えるんじゃないかって」

 

――助け合えるんじゃないかって――
この言葉がみんなの心に響く。
ずっと学校に行っていなかった7人(ハワイにある部屋から城に来ていることが判明したリオンを除く)は1月10日に登校することになった。

私は今日、学校に行く――んじゃない。
私は今日、友達に会いに行くんだ。
その場所がたまたま、学校なだけなんだ

 

その日、こころは学校に行った。
昇降口で会いたくない人に会った。学校に行けなくなった原因を作ったあの人から、心無い手紙が下駄箱に入っていた。
でも、みんなに会える。そう思って保健室まで行った。

「マサムネ……くんです、二年生の。来てませんか」
「二年三組のフウカちゃんも来ていませんでしたか。三年生のスバル君やアキちゃんも――」
「じゃあ、一年生の嬉野君は?」

 

「そんな生徒はいないけど」
保健室の先生は困惑してそういった。

現実世界では、絶対に会えないのだろうか。全部、妄想だったのだろうか。
しかし、思い返せば違和感がある会話が出てくる。

フウカが夏期講習でしばらく来れないことが話題になったとき、スバルが「夏期講習ってなに?」という。
ウレシノやこころが知っているフリースクールについて、アキは知らない。
アキやスバルが知っている「駅前のマック」について、フウカやこころは知らない。
近くで一番大きなショッピングモールの名前が違う。
マサムネは2年6組だというが、フウカの記憶では、2年は3組までしかない。
マサムネが「始業式だから」といいみんなで学校に行った1月10日は、始業式から1週間も後だった。

私たちは、助け合えない

ここからはどんどんネタバレが入ります。実際に読まれる方は注意。かがみの孤城はミステリー的な要素を持つ青春小説ですから、オチや伏線を知っていて読むのと知らずに富むのとでは全く印象が変わってきます。

ここまで紹介してきたように、こころと6人の中学生は、同じ学校に通っていることが分かった。しかし、同じ日に約束して学校に行っても誰にも会えなかった。みんなが嘘をついたわけじゃない。みんな学校に行ったのみ、みんな誰にも会えなかった。
それに、知っている世界が少しづつ違う。あるべきものがなかったり、ないものがあったり。

そんななか、ゲーム好きのマサムネが一つの結論を出す。

「オレたちはたぶん、パラレルワールドの住民同士何だと思う」
「オレたちは、”南東京市の雪科第五中学”っていう名前のゲームソフトの、それぞれが主人公。そのソフトが七本分あるわけ。で、誰かがプレイしてるそのソフトはもうそのデータ、そいつのものだとな?セーブデータはそれぞれ違って、主役は二人同時には存在できない。オレのデータはオレのもの。スバルのデータはスバルの、アキのデータはアキの」
「オレがプレイヤーの世界は、主人公は当然オレだから、他のやつらはいないし、アキやスバルが主人公のソフトには、オレは出てこない。他のやつの場合にもそう。一つのデータに主役は一人だけ。」
「同じソフトだから、似た世界に見えるけど、主人公が違うから起きる出来事や細かい要素はそれぞれに合わせて微調整されている。」
「オレたちは、助け合えない」

 

だけど本当にそうなのか。読んでいて、少し疑問がわく。
かがみの世界でここまで通じ合えた7人。それぞれのトラウマを乗り越えて、学校に行った7人。中学生の、すごく感じやすい時期をもう半年以上も一緒に過ごしてきた7人。
現実世界で会えないなんて、救いがなさすぎる。

その疑問に答えるようにオオカミさまが言う。

「会えないとも、助け合えないとも私は言っていない。いい加減、自分で気づけ。考えろ。私に何でも教えてもらえると思うな。私は最初からヒントをずっと出している。鍵探しのヒントだって、十分すぎるほど毎回出している」

読み終わったときの爽快感。7人の関係性と重要人物の正体

結論から言うと、7人はパラレルワールドの住民ではなかった。それぞれ、”時間”がずれていた。

スバルは1985年から
アキは1992年から
こころとリオンは2006年から
マサムネは2013年から
フウカは2020年から
ウレシノは2027年から

それぞれ、全く違う時代から来ていた。
このことが分かった瞬間、頭に電気が走って涙が出てきた。この感覚は読んでみないとわからないと思う。

マサムネは”ホラムネ”と呼ばれていた。ゲームを開発している友人がいるといって、最新のゲームを自慢していたが、それも嘘だった。学校では嘘がばれて居場所をなくしていた。
そんなマサムネに、スバルが言う。

「僕、なろうか」
「目指すよ。今日から。”ゲームを作る人”。マサムネが『このゲーム作ったの、オレの友達』ってちゃんといえるように」
「だから、意地でもそれくらいは覚えたまま、鏡の向こうに帰るよ。約束する。だから、たとえ、僕やマサムネが忘れても、マサムネは嘘つきじゃない。ゲームを作ってる友達が、マサムネにはいるよ」

 

この言葉は、すごい。
スバルがどんなに心優しいのか、この言葉で全部伝わる。
願いをかなえて城が閉じたら、みんなの記憶はなくなる。だったらこれまで一年間やってきたことは無意味だったのだろうか?
決してそんなことはない。記憶が消えても、なかったことになっても、何年も(スバルがウレシノと会えるのは30年以上たってからだ)会えなくても、これからも学校に行けなくても、

かがみの城での出来事は無意味なんかじゃない。そう思える言葉だった。

こころを助け、他にも多くの子供たちを助けてきたフリースクールの喜多崎晶子。
作中、大人の中では唯一こころの理解者であり、味方だった「喜多崎先生」は大人になったアキだった。

喜多崎先生が作中で口にする

「大丈夫だから、大人になって」

 

という言葉がある。

これは、城が閉じるとき、こころがアキに送った言葉だ。
この言葉で多くの子供たちを助けてきた。

この本は子供とか大人とか関係なく、いろんな人に読んでほしいと最初に言った。
自分が中学生だった時を思い返してほしい。全く嫌なことがないなんてことはないはずだ。死にたいと思ったことも、本気でなかったとしてもあるだろう。
だからこそ、全員に言葉を贈りたい。

「大丈夫だから、大人になって」

著書プロフィール

つじむら・みづき 1980年山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒。小学生から創作を開始し、2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞。著書は他に『凍りのくじら』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『島はぼくらと』『ハケンアニメ!』『朝が来る』『東京會舘とわたし』等。153㌢、B型。